京都地方裁判所 昭和38年(ワ)322号 判決 1966年7月01日
原告
日新株式会社
右代表者
伊藤与曾次
右訴訟代理人
中沢信雄
被告
宮島正次
右訴訟代理人
橋本清一郎
主文
被告は原告に対し金一、〇六五、五〇〇円およびこれに対する昭和三八年四月二二日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
本判決は仮りに執行できる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求原因として、「一、原告は、被告が引受をした別紙目第一の(1)ないし(10)の為替手形(本件為替手形)一〇通の所持人である。
二、よつて、原告は、被告に対し、本件為替手形金合計金一、〇六五、五〇〇円およびこれに対するる訴状送達の日の翌日である昭和三八年四月二二日から支払済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
と述べ、被告主張の抗弁に対し、
「三、被告主張の二の事実は争う。
四、被告主張の三の(1)の事実は認める。
五、原告は、被告主張の三の(1)の金一、四〇八、〇〇〇円の売買代金債務支払のため、被告に対し、別紙目録第二の(1)ないし(9)の約束手形(本件約束手形)九通(金額合計は右売買代金額と同額)を振出した。
六、被告は、被告主張の三の(2)の相殺(本件約束手形の原因債権とする相殺)をするにあたり、本件約束手形九通の交付、呈示をしていない。
七、したがつて、被告主張の三の相殺は無効である。
八、なお、被告は本件約束手形九通を所持していない。
九、被告主張の四の(1)の事実は、約定代金額、未払残代金額の点を除き、認める。
一〇、右約定代金額は金七三六、〇〇〇円(一反につき金二、三〇〇円)であり、未払残代金三二〇、〇〇〇円(一反につき金一、〇〇〇円)は、原告所持被告引受の別紙目録第三の(1)ないし(3)の為替手形金債権との、原被告間の契約にもとづく相殺によつて、清算済である。(右相殺後の為替手形金残額は他の債務の決済に充当した。)
一一、したがつて、被告主張の四相殺は無効である。」
と述べた。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
「一、原告主張の一の事実は認める。
二(1) 原告と被告との間に、昭和三八年一月二九日、被告において、原告より借り受けた西陣御召三六〇反のうち一八〇反を、原告に返還するときは、原告は、被告に対し、本件為替手形債務を免除する旨の契約が成立した。
(2) 被告は、同日、原告に対し、西陣御召一八〇反を返還し、原告は、これを、訴外西陣染工株式会社と訴外佐々木商店の両名に対し、両名に対する債務の代物弁済として交付した。
三(1) 被告は、原告に対し、昭和三七年四月三〇日より同年一一月一五日までの間に、西陣御召を売渡し、金一、四〇八、〇〇〇円の売買代金債権を取得した。
(2) 仮りに、二の抗弁理由なしとすれば、被告は、本訴において、右売売買代金をもつて、相殺をする。
四(1) 被告は原告に対し、昭和三七年一〇月頃、西陣御召三二〇反を代金八六四、〇〇〇円(一反につき金二、七〇〇円)の約定で売渡し、原告より、金四一六、〇〇〇円(一反につき金一、三〇〇円)の支払を受けた(したがつて、未払代金は、一反につき金一、四〇〇円合計金四四八、〇〇〇円である。)。
(2) 仮りに、三の抗弁理由なしとすれば、被告は、本訴において、右残代金債権をもつて、相殺をする。
原告主張の再抗弁に対し、
「五、原告主張の五、六、八の事実は認められるが、原告主張の一〇の事実は争う。」
と述べた。
証拠<省略>
理由
原告主張の一の事実は被告の認めるところである。
被告主張の二の債務免除の抗弁に対する判断。
被告主張の右抗弁事実に関する証人石原稔、同北村章夫、同弥永宙之助の各証言、被告本人の供述はいずれも採用し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない。
被告主張の三の相殺の抗弁に対する判断。
被告主張の三の(1)の事実および原告主張の五、六、の事実は当事者間に争がない。
甲が、乙に対する売買代金債務支払のため、乙に対し、売買代金額と同金額の約束手形を振出した場合、乙が売買代金債権(手形債権の原因債権)全額を自動債権としてする相殺は、手形債権全額を自動債権とする相殺(大阪地方裁判所昭和三二年(ワ)第四三二八号転付債権請求事件昭和三三年四月一一日判決、下級裁判所民事裁判例集第九巻第四号第六四二頁参照)と同じく、特殺の事由(手形交付不要の特約。受動債権者の手形受領拒絶。手形交付と同時履行の関係にある、受動債権者の受動債権消滅確認書。受動債権が手形であるときのその手形の交付義務不履行等。)のないかぎり、甲に手形を交付しなければ、その効力を生じないものと解するのが相当である。けだし、そのように解しないと、甲は二重払いの危険を負わされることになるからである(甲が、設例の場合のように主たる手形債務者でなく、遡求義務者であれば、甲は、二重払いの危険のほか、再遡求権喪失の危険と直ちに再遡求権を行使できない不利益も負わされることになる)。
設例の場合、乙が売買代金債権(手形債権の原因債権)の一部を自動債権として相殺(自動債権である売買代金債権の全額が受動債権額を超えるときの相殺)は、手形債権の一部を自動債権とする相殺と同じく、特段の事由のないかぎり、甲に手形を呈示し、甲の請求があれば相殺による手形債権の一部消滅を手形に記載しなければ、その効力を生じないものと解するのが相当である。けだし、そのように解しないと、甲は二重払の危険を負わされることになるからである。
これを本件についてみるに、本件は、本件約束手形九通の原因債権額(自動債権額)が受動債権額を超える場合であるから、本件約束手形九通のうち一部を交付し、一部を呈示(原告の請求があれば相殺による手形債権一部消滅を手形に記載)しなければ、相殺の効力を生じない場合であるが、手形の交付、呈示を必要としない特段の事由の主張立証がない。
本件のように、手形債権の原因債権を自動債権として、訴訟上、攻撃防禦方法として、相殺の意思表示をする場合においても、私法上の形成権である相殺権行使の意思表示が訴訟上なされたというだけの理由によつて、私法上の相殺の効力要件が緩和されることはない(前記大阪地方裁判所昭和三三年四月一一日判決参照)。
したがつて、被告が本件約束手形九通の原因債権を自動債権としてした相殺は、手形の交付、呈示がなされていないから、効力を生じない。
被告主張の四の相殺の抗弁に対する判断。
被告主張の四の(1)の事実は、約定代金額、未払残代金額の点を除き、原告の認めるところである。
被告は、約定代金額を一反につき金二、七〇〇円と主張するけれども、この点に関する被告本人の供述は採用し難く、成立に争ない甲第二号証の一ないし三、原告代表者本人の供述により成立を認めうる甲第三号証、原告代表者本人の供述によれば、原告主張の一〇の事実を認めうる。
したがつて、被告主張の四の相殺の抗弁は採用し難い。
よつて、本件為替手形金合計金一、〇六五、五〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明かな昭和三八年四月二二日から支払済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は、正当として、これを認容し、民事訴訟法第八九条第一九六条を適用し主文のとおり判決する。(小西勝)